2020年7月、コロナ禍が世界を席巻する最中、私は、2025年大阪・関西万博(EXPO2025)のテーマ事業プロデューサーのひとりに任命された。2025年に、大阪・夢洲地区に招致される日本国際博覧会のテーマ館(シグネチャーパビリオン)のひとつを企画・立案・建設するという大役である。
大阪・関西万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」である。「いのち」の今日的意味を、生物学者の立場からぜひ一緒に考えてほしいとの要請をいただき、お引き受けすることにした。私の課題は「いのちを知る」である。他に「いのちを育む」「いのちを守る」「いのちをつむぐ」「いのちを拡げる」「いのちを高める」「いのちを磨く」「いのちを響き合わせる」という計8つのテーマ事業が企画されており、それぞれ、アニメーション監督・メカニックデザイナーの河森正治氏、映画監督の河瀨直美氏、放送作家・脚本家の小山薫堂氏、大阪大学教授・ATR石黒浩特別研究所客員所長の石黒浩氏、音楽家・数学研究者・STEAM教育家の中島さち子氏、メディアアーティストの落合陽一氏、慶應義塾大学教授の宮田裕章氏が担当する。
「いのち」を巡るこの8つのテーマが互いにどのように関連しているのか。それは大阪・関西万博の企画立案を担当したシニアアドバイザーのひとり、国立民族学博物館館長・吉田憲司氏が監修した宣言に高らかに謳われている。
私たちのいのちは、この世界の宇宙・海洋・大地という器に支えられ、互いに繋がりあって成り立っている。その中で人類は、環境に応じて多様な文化を築き上げることにより、地球上のいたるところに生活の場を拡大した。その一方で、人類は、利己を優先するあまり、時として、自然環境をかく乱し、さらには同じ人類の他の集団の犠牲の上に、不均衡な社会を作り上げてきてしまったのも事実である。そして今、生命科学やデジタル技術の急速な発達にともない、いのちへの向き合い方や社会のかたちそのものが大きく変わりつつある。
いのちそのものを改編するまでの高度な科学を築き上げた私たちには、人類が生態系全体の一部であることを真摯に受けとめるとともに、自らが生み出した科学技術を用いて未来を切り開く責務があることを自覚し、行動することが求められる。自然界に存在するさまざまないのちの共通性と相違性を認識し、他者への共感を育み、また多様な文化や考えを尊重しあうことによって、ともにこの世界を生きていく。そうすることによって、私たち人類は、地球規模でのさまざまな課題に対して新たな価値観を生み出し、持続可能な未来を構築することができるにちがいない。
このような信念に基づいて開催しようとする2025年大阪・関西万博は、2020年以来、新型コロナウイルス感染症の地球規模での拡大という未曾有の局面に立ち会うことになった人類にとって、このような局面だからこそ見えてくる人類の可能性を確認しあい、新たないのちのありようや社会のかたちを検証し提案する、2度とない機会を提供する場となった。
2025年日本国際博覧会協会は、一人ひとりが互いの多様性を認め、「いのち輝く未来社会のデザイン」を実現するため、以下の8つのテーマ事業を設定することとした。
「いのちを知る」「いのちを育む」「いのちを守る」「いのちをつむぐ」
「いのちを拡げる」「いのちを高める」「いのちを磨く」「いのちを響き合わせる」
これらのテーマ事業から得られる体験は、人びとにいのちを考えるきっかけを与え、創造的な行動を促すものとなるに違いない。他者のため、地球のために、一人ひとりが少しの努力をすることをはじめる。その重なり合い、響きあいが、人を笑顔にし、ともに「いのち輝く未来社会をデザインすること」につながっていく。
世界の人びとと、「いのちの賛歌」を歌い上げ、大阪・関西万博を「いのち輝く未来をデザインする」場としたい。
これは、いのちを起点に、世界の人びとと未来を共創する挑戦にほかならない。
私の担当するテーマ「いのちを知る」は、この“祝詞”の第一に置かれていることからも明らかなように、これがもっとも基本的な問いかけである。「いのち」とは一体何なのか、「いのち」はなぜ輝くのか。そのためにこそ、そもそも論として「いのちを知る」必要がある。私の責任は重大だ。